地獄の春
 それは、ある種の裏切りであったと、鈴は思う。

 入学してからたかだか3週間、何かを知るには短く、けれど【決戦】に幾度となく赴いた。学園の生徒として命の加護があり、多少の怪我では死ぬことはない。二人で戦場で戦って、死ぬと思う怪我を負ったりもした。けれどそんなことで学園が、世界が護られるなら、それは素敵だと思う。
 私の開き直りと反比例して、蘭の心配は顕著だった。どの戦場でも、必ず私の前に立って、私の代わりに傷を負って倒れた。それも一晩で回復するものだから、何度も何度も、繰り返した。そうして何度も言うのだ。「こんどは、こんどは後ろにいてください」それはできない相談というもの。肩を竦めて笑った。

 ある時、蘭の気配が消えた。
 えも言われぬ悪寒がして、部屋を見渡してやっぱりいなくて、館を探してやっぱりいなくて、館を出ようとして、蓮晶館の門の前に『蘭』がいた。
 私よりも幾分背の高い少女を見て、私はすぐにわかった。そうか、と納得するより他なかった。少女は不安げに、そして嬉しげに【進化】を告げ、これまで通りの忠誠を嬉々として誓った。

(わたしは)
 私は、蘭に守ってほしかったわけではないのだった。一度たりとも口にしたことはないけれど、当たり前のこととしてそれを命令したことならある。何度も、何度も、そうして私は蘭を縛り付けた。
(傍にいてほしかった)
 私にだってほしいものはいくつもあって、でも諦めることには慣れてるし、得意で。でもそれは、私の一番の願いが満たされていたからに他ならない。
(傍にいて。四六時中ずっと。私のためだけに)
 私は一人になった。使役も無い、力も無い、ただのお馬鹿な蟲使い。それに、蘭が生徒として入学したのなら、学園に通わなければいけない。クラスメイトだっている、友達だってできる、蘭が使役を持つこともあるのかも。
(そうなった時、私は、わたしは)

 はにかむ蘭を見ていられなくて、酷い言葉で繕って背を向けた。後ろをついてくる気配に心底安心しながら、それでもやっぱり振り返れなかった。もう蘭は私のモノじゃない。進化を純粋に祝ってあげられなかった。
(進化なんてしなければ、ずっとずっと一緒にいられたのよ)

2012/04/20