二日酔い
――世界は美しい。…故に、私は汚らわしい。

 何度だって手を伸ばしてきた。
(欲しかった)
 幸せな家庭が。友が。平穏が。――あの人との、関係が。
 それが叶えられたことなど一度としてなかった。わかっていた、…わかっていたの。それでも、自分から動けば何か事態が変わるだろうと思って、家を出てきた。何が出来るわけでもなく、私は臆病風に吹かれイベントに逃げ、そして結果、私の願いは消え去った。

(私は、何も手に入れることが出来ない。…なら、私ではないあの子に、全てをあげることはできないだろうか)
 目の前に投げ出された問いに、私は一抹の希望を描いた。
 奇跡の無い世界。魔の無い世界。使役でない、ゾンビハンターのあの子なら、きっときっと奇跡がなくなったって生きていける。なんの不思議も無い世界になれば、私のような苦しみも、想像し得る多くの不幸を避けられる。
 もし私の思い描いた未来が違っていたとして、みんなで滅びるだけなら安いものだと、思った。こんな力、無いに越したことは無い。一度消えてなくなって、もう一度新しく生まれたら、きっときっと素敵だ。
(きっと、きっと)
 大丈夫よ。ちょっと怖いだけ。すぐになにもわからなくなって、幸せが待ってる……。


 広大で幻想的で美しい宇宙での戦いは終わった。
 熱に浮かされたように藍晶石の傍から離れて、…案の定何も得ることなく、おめおめと帰ってきた。愚かな私。
(……あの時)
 本気で、思っていた。私が、あの子が、救われるだろうと。その余波で多くのものが失われるというのなら、そんなもの消えてしまえばいいと。ただそれだけのことだと、思った。
 けれど結局、最強と謳われる学園に完敗して私たちにはただ裏切り者のレッテルだけが貼られた。腫れ物のように扱われ、冷たい視線だけでなく優しい眼差しもあって、その懐の広さに、…そう、愕然とした。
(此処は、どうかしているわ…)
 強くて、優しくて、馬鹿で、不憫で、聡明で、愚か。何もかもを許してしまう、恐ろしい集団。誰かが許せないものを、他の誰かが受け止めてしまう。学園の理念は気持ち悪いほど潔白で、生命賛歌という現象がそれを肯定する。これだけの自由な個人が、集団として機能している。奇跡のような一軍。
 かの館長も、私にとってはその最たるものだった。行き場なく戦場に戻った私の傍にいてくれて、なにも言わずに共に戦い、背を預けてくれた。後ろから刺されても文句なんて無い、無視されても普通だと、思ったのに。
(どうかしている…)

 今だって、なんだか私が駄々を捏ねているだけみたいだ。私が部屋にこもったって、皆が揃って気を遣う。もっと嫌いになってくれればいい、いっそ剣を向けてくれればいい。追い出してくれればいい。
(罰の無い罪なんて、どうかしている……)

2012/06/09