銀鎖
 多分、特にどうということもないのだろうけど、時折主人は思いもかけないことをする。
 急にお茶に誘われたり、従妹を紹介されたり、オペラに連れて行かれたりもした。ある日突然に大奥様の謗りから庇われて、面前で盛大に愛の告白をされたこともあった。無論、それは大奥様へのパフォーマンスであって私への言葉ではないのだけれども。
 その度に、私は少し不安になる。
 彼は、私に一体どう反応せよというのか、未だに分からない。とりあえずは喜んで見せるものの、困惑も隠せない私を、彼はどう思っているのか。私はまだ、答えを見つけられずにいる。
 今日だって、そう。

「あぁ、おい」
「はい?」
 そう呼ぶのは、主人だけだ。私は迷わず振り返った。もう私は寝る頃で、この時間に私に用があることはあまりない。どうしたのだろう?首を傾げて見せると、主人はいつもの仏頂面で小さな包みを持ち上げた。
「……これは?」
「受け取れ」
 目の前に突きつけられて、さぁ受け取れと言わんばかりに突きつけられる。私は言われるがままとにかくその小さく簡素な紙袋を両手に収めた。ジャラ、と金属の音がする。
「付き合いで買ったが、お前に渡すのが筋だろう。着用の義務はない」
 着用?身に付けるものなのか?なら、鎖の……腕や首の装飾品?
「それでは失礼する。…お休み」
「あ、……ありがとうございます。おやすみなさい」
 颯爽と去っていく後姿を眺めながら、私はまだ驚いていた。
 彼の行動を見ていて、彼と時間を共にしてきて、気付いたことがある。あまり、物を残そうとしない人なのだ。家にとっては自分はただの通過点だと言って憚らないし、部下に対しても私に対しても、食事であるとかは準備するもののそれらは悉く綺麗に昇華されてゆく。物を残すのが好きでないのかも知れないし、そういうことは苦手なのかもしれない。
 そう思っていた。の、だけれど。
 手の上に残された包みをじっと眺める。眺めているだけで中身がわかるはずもなかった。
ガサリ
シャラリ
 おそらくは高いのだろう。細かいチェーンに、木製の小さな細工物が吊ってあるだけの首飾り。銀がちりばめられていて、キラキラと輝いていた。
(……きれい)
 明日どんな顔をして会おう。悩みは尽きない。

2012/01/31