散文:彼や彼女は
1.戦う人
2.風の人
3.桜の人
4.幼かった人
5.消える人
6.夢見た人

1.戦う人…………和砂さんの与太話

 人が、生きる上で、必要のないもの。相対するもの。相容れないもの。許容してはならないもの。
 それが奴らだと、誰かが言った。
 言ったその人は、語ったことを恥じ、与太話だ、と一言置いて、颯爽と去っていった。

 乱暴な桃の髪が揺れていたのを覚えている。彼女の手には厳つい武器がしっかりと握られていて、随分長身だったのでそれが酷く似合っていると思ったものだ。表情は冷たいか厳しいか。素晴らしく豊満な胸も、彼女を「女性的」には至らしめない。あの人は「戦う人」なのだ。
 なにと戦っているのか。私は知らない。

2.風の人…………町を歩く鷹

 人が一人。歩いていた。適当な黒い短髪。長いコートに鋭い眼光。手には長い得物。
 みるからに危ない人だ。鬱々と歩く様が全てを拒絶していて、こんな寂びた住宅街では不審者でしかない。まばらな町の住人が、彼を避けて通った。僕も避けたかったが、あからさまに避ける勇気もない。目を合わせぬように俯いて、傍を通りすがった。

 ひゅ、と風の音がして、僕は思った。
 彼は風とともに歩いているのだ。

3.桜の人…………桜並木の戦線と小鷹エル入学の思い

 薄紅の花びらが、力を使う上で非常に邪魔だったことだけを覚えている。アレが、あの”氷鷹”だと聞いて、衝動で攻め立てた。自分も未熟だったが、氷鷹も未熟だった。結局どちらかがどうにかなるような事もなく、その場をあとにした。

 桜とは、そういうものだった。
 祝いの席にあることが、不釣合いなのは、自分の方だろうか。

4.幼かった人…………桜並木の戦線を旅路で思い出す

 川原だった。
 町から大分外れた細い川。幾本もの桜が一斉に花を散らしているが、それを見るものはない。ざあ、と風が吹く。花びらが派手に散った。
「……」
 その景色を思い出したのはどちらだったのだろう。無言のまま、遥か昔を逡巡した。まだ名前も知らなかったころ、コレとよく似た景色の中でお互いの命を取ろうとした。未熟で未完成で無知な子供が、幼いながらに全力で敵と相対した。
 そんな日もあった。

 今になって思い返すことは、そういう過去があった、という事実だけでそれ以上でもそれ以下でもない。今自分たちにあるのは、無節操に恨み憎む無意味な衝動でしかない。それを凌駕するものは亡くなってしまった。

5.消える人…………小鷹と光の加護

 消えたい。
 そう思う時、その願いは難なく叶えられた。そういうものだ、と理解するのに時間はかからなかったけれど、普通に生活を送れるようにするには大変な時間と労力が必要だった。理論を理解するには更に時間を要した。
 僕は、人と話している最中、すぐに「きえたい」と願った。叱責されるのが怖かった。呆れられるのが怖かった。ため息をつかれるのが怖かった。それらが僕に向けられるのが怖かった。人から視線を感じることは、怖い。
 そうやって隠れて、逃げて、逃げて、誰にも見つけてもらえなかった時、僕はただただ泣いた。悲しかった。多分、寂しかった。

 だからなのか。たとえ相手が誰であろうとも、見つけてもらえると酷く心が落ち着かなくなる。緊張して、むず痒くて、面映くて、どう手をつけていいのかわからなくなる。
 これが戦いの真っ只中であったなら、集中できたろうに。彼はむしろ平時でそのスキルを発揮する。戦いの最中は僕のことを察知はするものの手を出さないし声もかけない。一言二言の指示が呟かれたとしても、それを拾うのは僕の仕事であって、彼はただそれを言葉に落とせばよい。
 そして全てを撃退し終えた後、平然と僕の元に来て互いの負傷を確認する。

 それが一体、どれほど僕が待ち望んだことなのか。君は知らない。

6.夢見た人…………小鷹の昔の願い

 それは、夢であった。
 紛れもない、自分自身の夢。
 いつかこんな日が来ると、信じて疑わなかった。遠くで同じ年の子供がそうされているのを、ぼうと眺めていたのを覚えている。その優しさは自分にも降ってくるのだろうと、じっと待っていた。
 優しく、触れてくれる親など、いないと。わかっていたはずなのに。
「……」
 彼の撫で方は乱暴だ。優しく触れているわけでもなく、髪を整えるわけでもなく、乱すだけ。
 それでも、そうやって他愛なく触れることなどなかった。
 そんな人はいなかった。

 今になって、そんなことをふと思う。
 不意にとてもとても悲しくなって、静かに目を閉じた。

 これはきっと夢なのだ。